公益財団法人日揮社会福祉財団

神奈川県内の社会福祉活動を応援しています。


福祉作文コンクール

当財団では県社会福祉協議会と県共同募金会が主催する小・中学生を対象とした県福祉作文コンクールを後援しています。
この作文コンクールは次世代を担う子供達が助け合いや思いやりの心を育み、誰もがお互いを支え合う
「ともに生きる福祉社会」が実現するように願い、毎年行われているものです。
地区審査から県1次審査を経て、県最終審査で選考された最優秀賞16編(小・中学校各8編)の内それぞれ1編を当財団理事長賞として『ふれあい賞』の名称で表彰しています。

2019年度(第43回)の表彰者と作文を紹介致します。

 

小学生の部

「おばあちゃんとのりょこうと車いす」

伊勢原市立緑台小学校 1年 安倍 花怜 さん

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中学生の部

「僕と福祉とヘルプカード」
伊勢原市立伊勢原中学校 1年 細田 伊織 さん

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小学生の部
「おばあちゃんとのりょこうと車いす」
伊勢原市立緑台小学校 1年 安倍 花怜 さん

 

わたしは八月におばあちゃんとかぞくのみんなで仙台へりょこうにいきました。おばあちゃんは足がわるくて、いどうするときは車いすをつかっています。おばあちゃんは生まれた町へひさしぶりにいくので、りょこうをとてもたのしみにしていました。
だけど、おばあちゃんとわたしたちのりょこうには、いろいろ大へんなことがありました。
でん車にのるときのだんさや、ホームに上がったり下がったりするためのエレベーターをさがすのにくろうしました。
仙台えきでは、こうじをしていてエレベーターがつかえず、とても大へんそうでした。車いすがつかえないばしょで、おばあちゃんは、「ごめんね」となんどもさみしそうなかおをしていました。
かえってきたおばあちゃんのひざには水がたまっていて、びょういんで水をぬいたら血もまじっていて、とてもいたかったそうです。わたしは、おばあちゃんがたのしかったけれどつらかったのかなと思いました。
わたしは車いすのままのりこめるでん車のせきやだんさのないホーム、つかいやすいエレベーターがもっとあるといいのにと思いました。
でも、りょこうはわるいことばかりではありませんでした。
車いすののりおりをいっしょに手つだってくれる人や、車いすでいどうできるところまであんないしてくれる人もたくさんいたので安心しました。おばあちゃんがたのしい思い出をつくれたのは、たくさんの人のたすけがあったからだと思いました。
わたしは今回のりょこうで体のことでこまっている人たちがもっとたのしい思い出をつくれるように、体のことでこまっている人のためのせつびがふえてほしいと思いました。
また、わたしたちをたすけてくれた人たちのように、こまっている人への思いやりをもてるようにがんばりたいと思いました。


 

中学生の部
「僕と福祉とヘルプカード」
伊勢原市立伊勢原中学校 1年 細田 伊織 さん


今、僕は福祉について考えている。そこにはある出発点があるからだ。
真っ赤なカードに「十字のマーク」と「白のハート」。それを聞いてすぐに「ヘルプカード」を頭に思い浮かべてくれる人はどのくらいいるのだろうか。
僕の母は今、ヘルプカードをつけて外出している。持病があり年齢を重ねるごとに悪化していく。
最近までは混んだバスや電車で立っていたし、むしろ席を譲るという行動で、僕にでもできる社会への優しさへのお手本だった。「気配り」や「心配り」を母から学んだ。
しかし最近になって、母は駅の階段を登りきることが難しくなった。階段を降りきることも大変になった。予定していた電車に乗れなかったことも1度や2度ではない。急行電車は混んでいるので各駅停車で座って外出することも増えた。でも、それが僕たち家族にとっての日常だ。
そんな矢先、僕たち家族はヘルプカードの存在を知り手にした。
果たしてこれをつけて外出するかどうか。僕たち家族は悩み話し合った。なぜなら、母がそれをつけることをためらっていたからだ。
母は、「本当はその日、体調が悪いのに外出している人もいる。見えないだけで手助けや配慮を必要としている人もいるかもしれないのに、ヘルプカードをつけているという理由だけで恩恵を受けるのは気が引ける。」と言った。
僕はもっともらしい理由だと思った。一方で、母は気丈に振る舞うことで自分を保っているような気もした。
父は、「身体が悪いのだから、気づいてもらうためにも、つけるべきだ。」と言った。
確かにそうだ。誰だって自分のことで精一杯なのは当たり前だから、何もせずに気づいてもらうのは難しい。
それに、母が電車やバスで座っている前に、身体の不自由な方などが来た時に、席を譲れない母の立場と罪悪感をヘルプカードが代わりに伝えてくれるかも知れない。
姉は、「ヘルプカードが社会に周知されていないのが現状で、必要な人がつけることで社会に認知してもらう、その一歩、先駆けとしてつけることに大きな意義がある。」と母を説得した。
姉の意見もその通りだ。電車の優先席を示すステッカーの横に申し訳なさそうに貼られたヘルプカード説明ステッカー。どれだけの人の目に止まるだろう。ヘルプカードの意味をどれだけの人が正しく答えてくれるか。
今、ようやく社会に認知され始めたからこそ、母が正しく使い理解を深めてもらうことは大切だ。
僕はこの家族の話し合いを通して、福祉の考え方に「生きる」というテーマがある以上そこに正解はないのではないかと思った。
少し前の僕の福祉は「優しさと思いやり」だと思っていた。それも正解だ。けれど今、母の病気の悪化で出会ったヘルプカードを通して福祉の考え方が変わった。皆で支え合うことが福祉であるけれど、現実には支えられる重さも在り方も、その人それぞれだ。でも、福祉をそれぞれの立場の人で担い合っていると考えたら、自分にできることをやればいいと解釈できる。無理は必要ない。母は堂々とヘルプカードをつけて外出し、母に何か手助けできるゆとりのある人はそれをしてくれたら母は助かる。
僕が行き着いた福祉は、無理をせず自分ができることをすること。どんな立場の人も、その人らしく。そして僕も僕らしく。

 


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